同志社大学工学部知識工学科/

Innovative Computing Laboratory,

University of Tennessee

廣安 知之 様

Retreat

8月の風

今年の日本の夏はすごかったようですね.誰に聞いても例年になく暑くて死にそうだという声を耳にしました.それを体験しなくて良かっただけもこちらに来ているかいがあるものだと家族で話していました.確かにこちらも日中は日差しがきつく暑いのですが,日本ほどではないと思います.やはり乾いていますから.それに朝,晩は過ごしやすいです.暑いですがやさしい風も吹きます.前述したひどい夕立は相変わらずですけど.この程度の暑さが例年通りなのか特別なのかは調査不足でよくわかりません.さて,8月も終わりになるとキャンパスはそわそわし始めます.秋学期が始まるからです.フットボールシーズンも到来し,いよいよ大学が再起動し始めます.

研究室合宿

さて,Back to Schoolを前に私の受け入れ先であるInnovative Computing Lab(http://icl.cs.utk.edu)では研究室合宿が開催されました.Knoxvilleの街から40分程度車で走ったTownsendという町のモーテルを借り切っての開催です.Knoxvilleの南東側にはアパラチア山脈があります.ここには全米で最多の訪問者数をほこるグレートスモーキー・マウンテン国立公園があります.秋には山全体が真っ赤になる美しい場所のようです.この国立公園は広大なためいくつかの入り口があるのですがTownsendはその一つの入り口です.この合宿はRetreatと呼んでいますが,まったくRetreatらしくありません.2日間にわたって朝9時ころから夕方5時ころまで,研究室内で行われているプロジェクトの説明,討議が行われます.Jack Dongarraはマジです.日本の厳しい研究室のようです.JackはこのRetreatを通じて研究室内のプロジェクトの概要などの情報を皆で共有しようという意図しています.なので,基本的に全員参加,家族・友達・ペット連れは不可です.研究室は総勢40人強で,日頃はカリフォルニアにて開発を行っている人もいるのです.通常はプロジェクトごとにミーティングが行われていますし,メイルを中心に情報交換するためにミーティングがほとんど行われないプロジェクトもあり,メンバーでもほとんど会う機会のない人もいます.実際,このRetreatで初めて会う人も何人かいました.

Retreatでは各プロジェクトごとに20分から30分,最長1時間ぐらいの時間を使って概要,現在の進捗状況,今後の課題について説明します.また,研究室のプロジェクトの概要がわかるだけでなく,どのようなファンドを得てどのように運営しているかの説明もありました.そのため,この合宿は私のために行われているのではないかと思われるほど,有益な情報を得ることができました.現在,University of Tennesseeは財政難であると言われていますが,新任の教授に用意する研究室立ち上げ費などを含めて人材に投入するコストは桁が違うことがわかりました.(対同志社の話だけかもしれません.)

日ごろの仕事ぶりを見ていると,日本人の方がよく働くのではないかなあと思うこともありましたが,こうしてすべてを眺めてみると,研究室の平均の技術力は非常に高いこともわかりました.これはやはり,多くのファンドを集めて優秀な学生が集まってきているからでしょう.これには残念ながら現在の同志社大学では太刀打ちできません.

図1:会場となったホテル

日本は大丈夫か?

前述したようにファンドの説明もあったため,いろいろなことが見えてきました.研究室の仕組みで驚くこともあるのですが,それ以上に驚かされるのはNFSを中心とする国の研究費に対する政策の日本との違いです.ICLのファンドの大きな部分を占めるのが,National Science Foundation (NSF, http://www.nsf.gov/)からのファンドです.NSFのComputer Software Science部門ではPACI(http://www.paci.org/)と呼ばれる大きなプロジェクトが動いています.PACIはさらにNCSA(http://www.ncsa.uiuc.edu/)が頂点に立つAlliance(http://www.ncsa.uiuc.edu/About/Alliance/)SDSC(http://www.sdsc.edu/)が頂点に立つNPACI(http://www.npaci.edu/)のサブプロジェクトにわかれます.私が驚いた点は

です.特にGrid関連のミドルウエアでは,これまでのばらまいて育てる段階から,Globus(http://www.globus.org/), NMI(http://www.nsf-middleware.org/), Internet2(http://www.internet2.org/)といったように集中して注力し成果を出す段階に来ているようです.

一方,日本はどうでしょうか.確かに共同プロジェクトはありますが,本当にAllianceになっているのでしょうか.予算や人的資源をばらまく時期,育てる時期,注力する時期を見極めるシステムができているのでしょうか.国力を上げるようにプロジェクトの選択が行われているのでしょうか.成果をきちんと挙げることのできるような評価システムができているのでしょうか.まだまだ私には経験がないためにこれらのことはよくわかりません.しかしながら, Score(http://www.rwcp.or.jp/topics/score/score.html)といったような世界と対抗できるシステムを日本から発信できるように私も頑張らねばと考えています.その際には,国の政策や支援するシステムとは無縁ではありえません.

ICLの今後の注力点

Retreatの最後にJackが今後のICLの方針・注力点などを総括しました.細かい情報のご紹介はあえて避けますが,研究面ではNetSolve(http://icl.cs.utk.edu/netsolve/)を代表するようなGrid Middlewareの研究やAtlas(http://math-atlas.sourceforge.net/)PAPI(http://icl.cs.utk.edu/projects/papi/)といったSANS関連の研究を今後も推し進めて行くようです.

 そして最後に,少々感動的なコメントがありました.それは,

「Response to Earth Simulator」

ということなのです.

JackはこれまでにEarth Simulator(http://www.es.jamstec.go.jp/)のことを”Computinik”だと言っていたことがありました.それはアメリカとソ連が宇宙開発競争の際に体験したSuputinikのショックになぞらえたものでした.私はそれは半分冗談まじりなのかと思っていました.しかしながら,ここでもJackはマジでした.本気でEarth Simulatorに対して研究室として,アメリカとして何かをしなければならないと考えています.実際にOak Ridge National Lab にて地球シミュレータ規模,もしくはそれ以上の計算機を導入できないか検討しています.

これまでに,地球シミュレータを開発してこられた方は本当にご苦労なさったと思います.そして,こうしてJackを「なんらかの回答を出さねばならない!!」と宣言させる技術が日本から出現したことに同じ日本人として(私は何にもしているわけではないですが)誇りを感じるわけです.私も将来このような人をうならせるようなプロジェクトに参加できればと思います.そして,たとえアメリカが信じられない技術やシステムを発表したとしても,一研究室からそれに対応していく気概が必要なのだと感じた瞬間でした.

図2:発表を行う筆者