同志社大学工学部知識工学科/

Innovative Computing Laboratory,

University of Tennessee

廣安 知之 様

大学が突然シャットダウンしました.

7月に大変なことが...

7月の最初に日本ではちょっと考えられないことがおこりました.

州の新年度の予算執行は7月から始まるらしいのですが,今年は7月までにテネシー州の予算が通りませんでした.テネシー州は全米の中でもめずらしく州に対する所得税がありません.しかしながら最近の予算不足のために,所得税を課して税収アップを図ろうという予算を提出したところ,議会で承認が得られなかったのです.ここまでは,日本でもよくあるパターンだと思うのですが,ここからが違います.なんと新しい予算執行が始まる7月に入ってから,予算が決定されなかったために州関係の機関の運営がすべてストップしてしまったのです.

困った?よかった?

ご存知のとおりアメリカは州別に独立していろいろ機能していますので,州関係の機関がストップしてしまうと結構大変です.丁度,免許を取りに行く予定にしていたのですが,免許センターも突然しまってしまいます.確認していませんが,パスポートの取得や,ソーシャルセキリティナンバーの取得などもできなかったのではないでしょうか.それからもちろん,州立大学であるテネシー大学も突然休講になってしまいました.この州は夏学期の前半の最終週で,通常であれば期末試験が実施される予定でした.学生も先生もとまどいながらそれまでの授業の結果で成績がついたようです.楽勝で良い成績をもらった人,期末試験で起死回生をねらっていた人がいると思いますがすべて突然シャットダウンです.

この時点では,この状況がいつまで続くのか誰にもわかりません.次の日には解決するのかもしれないし,次の週なのかもしれない,もしかして1ヶ月以上続くのかもしれない状況でした.

図1:図書館

結局...

結局のところ,すったもんだしたあげく消費税をアップすることで,予算の決着はついたようで,1週間がたってからすべての機関がその業務を開始しました.テネシー大学も何事もなかったように再開されました.夏の後半の授業もスタートです.

私も免許を取りにいくことができました.(ちなみに免許の学科試験は日本語で受けることが可能です.アルコールに関する細かい問いが多くて苦労しました.受験料は路上テストも含めて16ドルでした.このコストは日本と比較すると死ぬほど安いですね.)

休みあけの免許センターでは案の定,多くの人でごったがえしています.なんと,救急車の運転手らしき人も更新に来ていたようですが,1週間更新ができなかったあげく,どう考えても午前中には終わりそうにない行列に泣きそうになっていました.うーん,ここでも例外はないようです.救急車の免許更新ができないとは…

図2:Nyeland Stadium

この事件で考えること

日本ではこんなことが起こるとはまず考えられないでしょう.予算が決まらないとしても,とりあえず暫定予算が執行され,大学や事務所が閉鎖されることはまずと思います.しかし,ここテネシーではそれが行われます.昨年のカリフォルニア州での電力供給不足による停電の事件が思い出されます.停電しているにもかかわらず,州や国が積極的に対処しようという動きはなかったように思います.電力の自由化を行うと決めた以上その弊害も受け入れて推進する.アメリカでは一つ一つのことのかたを付けてから次に進みたいという気持ちがあるのでしょうか.エンロンに端を発するアンダーセンの破綻なども同じようなできごとに感じられます.

日本人の私にはいちいちこんなことで業務をとめられては困ってしまうという感情があります.選挙権はないですが,早くなんとかしろよと思ってしまいます.一方,住民といえば,それほど気にも留めていないようで,”It will be OK.”てな感じです.こうやって問題を解決することで,問題自体の所在も明らかになりますし,問題の対処の方法,責任の所在,将来の対応などもどうするかが明確になりました.

これに対して日本では,いわゆる,なあなあなやり方が一般的だと思います.私はこれが悪いとは思いません.通常はたいした問題が起こらないわけで,業務や仕事が止まらない利点があります.どうせ予算は決まるのですから,暫定的に予算を組んでも問題ないはずです.いちいちすべてに対処しているのではコストがかさみすぎるという点も見逃せません.例えば,日本ではネットワークなどのセキュリティに対する意識が低いのも同様な背景にあると思います.まずは先にネットワークを施設して運用やセキュリティの所在は後から考える.特に無線Lanなどはそうでしょう.すべての場合に問題が生じるわけではなく,問題が生じてから対処する方がコスト的には低いでしょう.小さな問題が生じた場合でもできるだけ少人数で対応することにより,問題が解決できた場合には,コストも少なく,システムの停止時間も短くなります.このやり方はいい面もあるのですが,問題が発覚したときには,最悪です.牛乳の食中毒事件,牛肉の処理事件,原発記録改ざん問題などの例は,このやり方の欠点の結果でしょう.

どちらのシステムが適していてどちらのシステムの方が効率的かという議論は置いておいて,だんだんと世界はアメリカのやり方を受け入れているようです.すなわち,問題や情報はできるだけ開示し,ルールを破った場合には,厳罰を処すというやり方です.そのためには,情報の開示とルールを策定する必要がありますが,日本ではなかなかこれらの両方が苦手だと思われます.そして,情報の開示とルールの策定という作業が,HPCなどの分野でのソフトウエア開発においても重要になってきていると感じるのです.

先日,Globusの開発チームの方とお話する機会がありました.いろいろと参考になる話を聞かせていただいたのですが,その一つに標準化を行うことが重要であることを強調されていました.前述したルール作りです.良質なソフトを作成することも必要だが,広く長く使用してもらうためには,仕様の標準化が重要なのだという考え方です.グリッドにおいては,Global Grid Forum (GGF, http://www.ggf.org/)が標準化のルール作りを行う場所です.Globusはwebサービスとの融合も最近,強力に推し進めていますが,そのために,webサービスの標準化を行う場であるWorld Wide Web Consortium (W3C, http://www.w3.org/)にも参加し,標準化作りを行っているのだそうです.日本では,私が知らないだけなのかもしれませんが,お金がでている役所主導や有力な研究機関がソフトウエアを策定することが重要で,さらに仕様を標準化していこうという動きはNinf/GやGrid RPCなどの少数の例を除いてまだまだだと感じられます.日本からのGGFへの参加も増えているようですが,優れたソフトウエアを世界で使用してもらうためには,標準化まで持っていく努力が,今後は必要となるのではないでしょうか.

ちなみに...

大学がシャットダウン中は大学へ仕事に来ても給料は支払われないし,仮に事故で怪我をしても保険が効かないので,どうしても仕事がしたい人は家でやるようにというお触れがでました.研究員の給料の支払いも再計算していました.州関連の事務所の人たちの給料も減らされていることでしょう.

また,大学がシャットダウン中は日曜日といっしょなので,州の予算で動いている大学の機関では電気も冷房もつかなかったようです.一方,ICLがあるClaxtonはJackが独自に獲得している予算で運営されているため,電気も冷房もついていました.こういうところも,なかなかシビアです.一つ一つの白黒をちゃんとつけて次のステップに移ること,バックグラウンドに従い取り扱いを平等にしないことなどがこれからは必要でしょうか.

図3:Claxton Building