i2k と懇親会していておもろい話を聞かせてもらった.
ちょっと思いつくままのメモ.
もちろん すのこは
すのこ(簀子、簀の子)は太い木の横板に薄い木の板を打ち付けたもの。
で木でできてるので のこぎりで切ったりできるわけである.
もし何らかの理由でサイズの合わない長い すのこ買っちゃったらどうするだろう.
サイズが合うように切っちゃうという人がいるかもしれないけど,ほんとかな.
返品してサイズ合うものに買い換える.
ホームセンターになければウェブアクセスして探せば簡単に手に入るだろう.
最近は,安くて チョイスがいろいろある.
要するに自分が手を入れるよりも,探索してゲットする方がたやすい.
昔は,洋服でもやすかったらデザインが悪かったり サイズがなかったりで困ったり,購入してなんとかしたものだが,最近はユニクロいけば サイズもあるし安い.
考える前に ユニクロ行って チョイスすればよい.
大学の授業でも,きっちり授業内容を説明して,選びやすくして,どこまで到達するのか明確にして,もしそうなっていなければ反省しろと言われる.
学生も 探索や説明が悪ければ文句を言い,説明通りでなければまた文句を言う.
今 ユーザーにとってはいろんなところで探索と選択の部分が手厚い.
ユーザーはそこでの工夫や作り込み,苦労などを意識しなくても選択して満足できるようになっている.
ようするに,みんな考えなくても,探して選べば すべて満足できるような社会になっちゃってんじゃないのかな.
一方,仕事やら研究やらはそうはいかない.
何かを作り出して提供しなければならないからだ.だから,
「考えろ,工夫しろ,作り出せ」 とか常日頃から学生に言っているつもりだった.
でも学生や研究者希望の人がユーザー側にいる限りは,ユーザーなんだから探して選ぶだけなのだな.
昔はユーザーだって,なんとなく苦労したりクリエイトしたりしてたと思うんだけど,ユーザーと提供者もしくはクリエータとの距離が大きく離れていることに気づかなかった.
考えろとかいう前に,ユーザーからクリエータ側に移すことがまず必要だ.
この仕事は大変だな.
探して選ぶユーザーから作り出すクリエータになってもらわなければならない.
ただ,単に探して選択するユーザーであるという認識にたてば,よく理解できなかったこともちょっと理解できるような気がする.
ようするに選択肢が無い問題や,選択肢がまちがっていたり,その結果がよくないような場合には極端に対応できないんだよな.
もちろん,人生やら仕事やらはRPGではないんだけど,だんだんと実際にやり方がRPGみたいになってきてんだな.実際に,リスタートかけようとするやつとかいるし.
でも,ユーザーのまんまで社会にでて行く学生や研究者はますます増えていくであろう.
すのこをどうするかという話から最近 よく理解できなかったことが ちょっと理解できたような気がした.
創造・企画 - 探索・選択
考察・思考 – 手順