2003年10月における主要ICTニュース:業界概観

エグゼクティブサマリー

 

2003年10月は、情報通信技術(ICT)分野にとって極めて重要な時期であり、ソフトウェアの目覚ましい進歩、ブロードバンドインフラの急速な拡大、モバイル技術における画期的な発展、そしてサイバーセキュリティに対する懸念の高まりが特徴でした。マイクロソフトのような主要企業は、新たな主力製品を発表し、一方ではオープンソース運動が既存の規範に挑戦を続けました。同時に、太陽嵐のような地球外の事象が、技術システムの脆弱性を浮き彫りにしました。特に日本は、国内での革新と戦略的提携が活発であり、地域および世界のICT進化における主要な牽引役としての役割を示しました。

この月には、マイクロソフトがOffice 2003の発売により戦略的な転換を図り、オープンソースとの競争が激化しました。米国ではブロードバンドの導入が急速に進み、インターネットガバナンスに関する重要な議論が巻き起こる中、VeriSignのSite Finderサービスを巡る論争が注目を集めました。日本国内では、NTTグループが次世代ネットワーク技術(GMPLS/MPLS)をリードし、ソフトバンクBBがブロードバンドサービスを拡大、NTTドコモは新たなFOMA端末の開発やソニーとのFeliCaに関する戦略的合弁事業を通じてモバイル通信を進化させました。また、「ハロウィーン太陽嵐」は、世界の通信およびナビゲーションインフラに対する外部からの脅威を改めて認識させる出来事となりました。

以下の表は、2003年10月に発生した主要なグローバルICTイベントを簡潔にまとめたものです。

表1:2003年10月における主要なグローバルICTイベント

日付 カテゴリ イベント概要 主要企業/組織 関連情報源
10月3日 ソフトウェア Python 2.3.2リリース Python Software Foundation (PSF) 1
10月6日 ソフトウェア SCO対IBM Linux訴訟:SGIが声明発表 Silicon Graphics (SGI), SCO Group, IBM 2
10月7日 インターネットインフラ VeriSign Site Finderサービス一時停止 VeriSign, ICANN 3
10月21日 ソフトウェア Microsoft Office System 2003発売 Microsoft Corp. 4
10月28-30日 外部イベント ハロウィーン太陽嵐による技術システムへの影響 (地球軌道上の宇宙機、GPS、航空会社など) 6
10月31日 ハードウェア/モバイル Sony EricssonがGPRS/Wi-Fi PCカードを発売 Sony Ericsson 7
10月全体 インターネットインフラ 米国におけるブロードバンド導入の著しい増加 (米国家庭) 8
10月全体 サイバーセキュリティ APECがサイバーセキュリティ対策を強化 APEC加盟国 9

 

1. グローバルソフトウェアとオペレーティングシステム

 

 

1.1. Microsoft Office System 2003の発売と戦略転換

 

2003年10月、マイクロソフト社は最新版のOfficeソフトウェアであるOffice 2003を発売し、1億5000万ドルの広告キャンペーンを展開しました。これは、経済が不安定な状況下でも顧客にアップグレードの価値を納得させることを目的としていました 4。この発売は、世界最大のソフトウェアメーカーであるマイクロソフトにとって、戦略の大きな転換を反映していました。同社は、従来のOfficeスイート(Word、Excel、PowerPointなどのプログラムパッケージ)を単に推進するのではなく、高価なサーバーソフトウェアを含む新しいOfficeの「システム全体」を強調することで、競合他社との差別化を図ろうとしました 4

ビル・ゲイツ会長は、ニューヨークでの発売発表において、コラボレーションと生産性向上に資するソフトウェアの機能が、企業の予算が厳しい中でも製品の売上を牽引すると述べました。同時に、彼はLinuxなどのオープンソースプログラムからの挑戦を退け、「我々が持っているものとフリーソフトウェアが持っているものの距離は、今日これまで以上に大きい」と発言しました 4。Office 2003の主要プログラムにおける変更は比較的控えめでしたが、Outlookの電子メール、カレンダー、アドレス帳は大幅に刷新され、最も注目すべき改善点と評価されました。また、パッケージ内のプログラムは、インターネットに親和性の高いXML形式でファイルを保存できるようになりました 4。さらに、マイクロソフトは、機密文書の閲覧、転送、印刷を制御する情報権利管理(IRM)ソフトウェアも発表しました 4

この大規模なキャンペーンとゲイツ氏のオープンソースに対する直接的かつやや軽視した発言は、マイクロソフトがオープンソースを、特にビジネスソフトウェア市場における自社の優位性に対する信頼できる、成長する脅威と認識していたことを示唆しています。Officeスイートと並行してサーバーソフトウェアを推進するという「戦略転換」は、顧客をより広範なマイクロソフトのエコシステムに囲い込み、個々のアプリケーションでオープンソースの代替品に切り替えることを困難にしようとする試みでした。これは単なる製品発売ではなく、侵食しつつあるパラダイムに対する市場シェアを守るための戦略的な動きと見なすことができます。

クライアント側のアプリケーション(Office)とサーバー側のインフラストラクチャを統合し、IRMを導入するというこの動きは、より緊密に連携したエンドツーエンドのマイクロソフトエコシステムを構築するための初期の、しかし萌芽的な試みを示唆しています。2003年時点では明示的にクラウドベースではありませんでしたが、デスクトップアプリケーションを超えて制御と機能を拡張するというこの戦略は、将来のエンタープライズソフトウェアが統合プラットフォームや、マイクロソフトのサーバー製品や権利管理が中心となる可能性のあるサブスクリプションモデルへと向かう方向性を示唆していました。コラボレーションを阻害する可能性への懸念は、プロプライエタリなエコシステムと相互運用性の間の初期の緊張関係も指摘しており、これは将来のクラウドおよびエンタープライズソフトウェアに関する議論を支配するテーマとなるでしょう。

 

1.2. オープンソースの動向:SCO対IBM Linux訴訟の進展

 

2003年10月6日、シリコン・グラフィックス(SGI)はLinuxコミュニティ向けに公開書簡を発表し、LinuxカーネルとSCOグループが所有するUNIX System Vのソースコードを包括的に比較した結果を報告しました。SGIのソフトウェア担当副社長であるリッチ・アルトマイヤー氏が執筆したこの書簡によると、SGIの「徹底的な比較」では、SCOのソフトウェアと「議論の余地がある程度関連している可能性のある」「些細な」コードセグメントしか見つからなかったと述べています。この書簡はまた、SGIがXFS(eXtensible File System)を不適切に貢献したというSCOの主張にも異議を唱えました 2

SCO対IBM訴訟は、LinuxにおけるUNIXコードの知的財産権を巡る主要な法廷闘争でした。SCOは、IBMがSCOのプロプライエタリなUNIXコードをLinuxカーネルに貢献したと主張していました。SGIの公開声明は、Linuxコミュニティにとって極めて重要な検証を提供し、尊敬される業界プレーヤーがSCOの主張のほとんどが根拠に乏しいことを発見したことを示しました。この公的な支持と技術的な検証は、SCOの訴訟が引き起こそうとしたFUD(恐怖、不確実性、疑念)を軽減するのに役立ち、オープンソース開発モデルの協調的で自己修正的な性質を強化しました。これは、コミュニティが企業パートナーの支援を受けて、法的な攻撃から自らを守ることができることを示しました。

 

1.3. Python 2.3.2のリリースとその影響力の拡大

 

Python Software Foundation(PSF)は、2003年10月3日にPythonプログラミング言語のバージョン2.3.2のリリースを発表しました。これはPython 2.3の2番目のメンテナンスリリースであり、バージョン2.3.1で見つかったいくつかのビルドおよびパッケージングの問題を修正し、2.3リリース以来2ヶ月間の経験に基づいた多くの機能強化が組み込まれていました 1

Pythonは、強力でアジャイルなプログラミング言語であり、プログラマーの生産性を大幅に向上させると評されていました。C、C++、Java、Visual Basicなどの他の言語のプログラマーにとっても非常に習得しやすいとされていました。この言語は、世界中の数万の企業や組織でミッションクリティカルなアプリケーションの基盤として使用されており、そのユーザーベースは急速に拡大していました。Pythonは、ソフトウェアコストの削減、リスクの軽減、および積極的なスケジュールへの対応のために、大規模なシステム開発でますます使用されていました 1。リリース時、Python 2.3はAppleの最新OS Xリリースに同梱されており、Google、Industrial Light & Magic、NASA、ニューヨーク証券取引所、Philips、Rackspace、RedHat、Disneyなど、多くの企業の技術インフラストラクチャにおいて重要な役割を担っていました 1

SCO対IBM訴訟がオープンソースのオペレーティングシステムに対する法的課題を浮き彫りにした一方で、Python 2.3.2のリリースは、主要な企業内でのオープンソースプログラミング言語の成熟と広範な実用的な導入の拡大を示しました。これは、オープンソースが単なる代替手段ではなく、コスト削減やアジリティといった利点に牽引され、デスクトップOSの競争を超えてアプリケーション開発やインフラストラクチャにおける基盤技術となっているという広範な傾向を示しています。

 

2. ハードウェアの革新と市場動向

 

 

2.1. 新製品の発売とコンポーネントの進歩

 

2003年10月には、モバイルおよびワイヤレスネットワーキング技術の継続的な融合を示す新製品がいくつか発売されました。Sony Ericssonは、ノートPCユーザーがセルラーネットワークとWi-Fiネットワークの両方にアクセスできるようにする、GPRSとWi-Fiの複合PCカードであるGC79を発売しました 7。Intelは、Centrinoモバイルテクノロジーに高速な802.11a機能を加えたワイヤレスローカルエリアネットワーク(WLAN)チップセットを発表しました 7。これらの個別の製品発表は、モバイルコンピューティングを真にモバイルにするための明確な業界トレンド、すなわち複数のワイヤレス接続オプションの統合を示しています。GPRS/Wi-Fiカードは、セルラーデータ(より広範なカバレッジ用)とWi-Fi(ホットスポットでの高速化用)間のシームレスな切り替えを可能にし、IntelによるCentrinoの強化は、Wi-Fiをラップトップ向けにより堅牢で高速な標準とすることを目指しました。これは、単一モード接続の限界を克服し、「常時接続」アクセスを可能にする戦略的な取り組みを示しており、将来のスマートフォンやモバイルインターネット体験の基盤となるものでした。

より広範なPCコンポーネント市場では、継続的な段階的改善が見られました。Tom’s Hardwareは、2003年10月のレビューとニュースを掲載し、新しいNVIDIAカード、MicrosoftとLogitechの光学マウス、Maxtorの300GBハードドライブやHitachiのDeskStar 7K250といった様々なストレージソリューションに言及しました 10。産業用コンピュータハードウェアも、Compact PCIシステム用のErniバックプレーンといった進展が見られました 11。これらの動向は、コアPCコンポーネントにおける性能、ストレージ容量、およびユーザーインターフェースデバイスに焦点を当てた継続的な改善を示しています。

 

2.2. 新興技術と科学的評価

 

ICTの直接的な製品発売ニュースではありませんが、2003年10月には、現代の様々な技術の基盤となる科学的進歩が評価されました。ノーベル生理学・医学賞は、磁気共鳴画像法(MRI)に関する発見に対して、ポール・ラウターバーとピーター・マンスフィールド卿に共同で授与されました 2。また、ノーベル物理学賞は、超伝導体と超流動体の理論に関する業績に対して、アレクセイ・アブリコソフ、ヴィタリー・ギンツブルク、アンソニー・レゲットに授与されました 2

さらに、バイオテクノロジー分野では、「ゲノムチップ」が登場し、企業はヒト組織サンプル中のすべての遺伝子を一度にスキャンできる製品を競って販売し始めました。これは、低コストと高速化を約束するものでした 2。これらの点は、ICTの影響が従来のコンピューティングや通信デバイスをはるかに超えて広がっていることを総合的に示しています。MRIの先駆者たちの評価は、ICTによって可能になり、ICTを可能にする基礎的な科学研究が、医学のような分野をいかに変革するかを示しています。ゲノムチップは、ICTの方法論(高スループットデータ処理やチップ設計など)が、他の科学分野を革新するために直接応用され、純粋科学と応用技術の境界線を曖昧にしていることを示しています。これは、ICTが単独の産業としてではなく、多様な分野を横断する実現力として機能していることを強調しています。

 

3. インターネットインフラとブロードバンド導入

 

 

3.1. 米国におけるブロードバンド接続の急速な成長

 

2001年9月から2003年10月の間に、米国におけるブロードバンドインターネット接続を持つ世帯の割合は、9.1%から19.9%へと2倍以上に増加しました。これは、1200万世帯の増加に相当します 8。この成長は、同時期のダイヤルアップユーザーの12.7%(560万世帯)の減少を大幅に相殺し、ダイヤルアップから高速接続への明確な移行を示していました。2003年10月時点では、ケーブルモデムがブロードバンド世帯の56.4%を占め、依然として優勢でしたが、DSLも大幅に普及し、43.6%を占めるようになりました 8

ブロードバンドの普及率は、VCR、インターネット自体、パーソナルコンピュータといった過去の多くの人気技術を上回る速さで進展していました 8

表2:米国におけるブロードバンド導入統計 – 2001年対2003年

指標 2001年9月 2003年10月 変化 関連情報源
ブロードバンドインターネット接続を持つ米国世帯の割合 9.1% 19.9% +10.8%ポイント 8
ブロードバンド世帯数の増加 990万世帯 2240万世帯 +1250万世帯 8
ダイヤルアップユーザーの減少 -560万世帯 8
ブロードバンド技術のシェア:ケーブルモデム 66.4% 56.4% -10.0%ポイント 8
ブロードバンド技術のシェア:DSL 43.6% (2001年から大幅増) 8

全体的なブロードバンド導入は急増していましたが、特に地理的な観点から明確な「デジタルデバイド」が出現していました。ブロードバンドの利用率は、都市部(40.4%)に比べて農村部(インターネット世帯の24.7%)で低かったのです 8。農村部のダイヤルアップ世帯が高速インターネットを利用しない理由として「利用できない」と回答する割合は、都市部の世帯(4.7%)と比較して著しく高かった(22.1%)です 8。これは、利用可能性の問題が格差の大部分を占めていることを示唆しています。この状況は、ユニバーサルアクセスに対する初期の政策課題を浮き彫りにし、市場原理だけではこの格差を埋めることができない可能性を示唆しており、将来の未サービス地域へのブロードバンド展開を促進する政府の取り組みの必要性を暗示しています。また、これはブロードバンドの恩恵(例:Eコマース、オンライン教育)が人口全体に均等に分配されていないことも示唆しています。

 

3.2. オンライン行動と活動への影響

 

ブロードバンドユーザーは、ダイヤルアップユーザー(51.1%)と比較して、日常的にインターネットを利用する傾向が強く(66.1%)、特にエンターテイメント(オンラインラジオ/テレビ/映画でブロードバンドユーザーは30.9%、ダイヤルアップユーザーは17.3%)、バンキング、製品やサービスの購入といった、より広範なオンライン活動に従事していました 8。ブロードバンドを利用するインターネットユーザーのより高い割合(22.1%)が8種類以上のオンライン活動に従事していたのに対し、ダイヤルアップユーザーでは10.6%でした 8

ブロードバンドへの移行は、単なる速度の向上ではありませんでした。それは、デジタル経済の拡大と日常生活の変革を根本的に可能にするものでした。高速化により、より豊富なコンテンツ(ストリーミングメディア)や、より複雑な取引(オンラインバンキング、Eコマース)、そしてより頻繁なエンゲージメントが可能になりました。これは、インターネットがニッチな情報ツールから、商取引、エンターテイメント、および不可欠なサービスのための統合プラットフォームへと移行しつつあることを示しており、デジタルファーストのビジネスモデルの広範な採用と、より「常時接続」の消費者文化の基盤を築きました。

 

3.3. ICANNとVeriSign Site Finder論争

 

2003年10月は、VeriSignの「Site Finder」サービスを巡る論争が支配的でした。このサービスは、タイプミスされたURLを自社のサイトにリダイレクトするもので、集団訴訟、ICANN会議、そしてインターネットコミュニティからの広範な批判を招きました 3。このサービスは、DNS関連トラフィックの急増と、100万人のユーザーに影響を与えたOCNのDNSサーバー障害(過負荷が原因とされた)の中で、2003年10月6日から7日にかけて一時的に停止されました 3。一時停止にもかかわらず、VeriSignはサービスの正当性を主張し、再開の意向を示したため、ICANNとの間で継続的な議論が繰り広げられました。最終的に、この問題は月末にICANNの介入により解決されました 3

この事件は、インターネットガバナンスと、商業的利益とインターネットの開放性および安定性の原則との間のバランスに関する重要な初期の試金石となりました。これは、強力なプレーヤーが商業的利益のために基本的なインターネットプロトコル(DNS解決など)を一方的に変更しようとすると、規制当局やユーザーを含む広範なインターネットエコシステムから強い抵抗に直面することを示しました。この出来事は、ユーザー体験と基本的なインターネットアーキテクチャが、潜在的に破壊的な商業的革新からどのように保護されるべきかについて先例を確立し、将来のネット中立性やプラットフォーム制御に関する議論を予見させるものでした。

 

4. モバイル技術と電気通信政策

 

 

4.1. グローバルな3G導入とハンドセット開発

 

2003年は、3G標準が世界的に導入され、「モバイルインターネットの時代」が始まり、スマートフォンの台頭への道が開かれた重要な年でした 12。Hutchison Whampoaの「Three」ブランドは、英国で最初の3Gネットワークを開始し、初期の3Gハンドセット(Motorola A830、NEC e606、NEC e808)をリリースしました。ネパールもまた、南アジアで最初に3Gサービスを開始した国の一つとなりました 12。この期間は、従来の携帯電話の限定的なWAPブラウザ(Nokia 7110など)を超えて、真のインターネットアクセスが可能なデバイスへの移行を示す、モバイルインターネットにとって基礎的な時期でした。

インフラ面では、MotorolaがブラジルのVivoのCDMA2000 1xネットワーク向けに基地局と伝送機器を供給する契約を締結しました 7。また、Panasonic初のBluetooth対応携帯電話であるX70が認定を受けました 7。これらの進展は、高度なモバイルネットワークインフラの拡大と、短距離無線技術のハンドセットへの統合を示しています。

この時期は、携帯電話が主に音声と基本的なテキストのためのデバイスから、真のインターネットアクセスが可能なデバイスへと移行する重要な転換点を示しています。この変化は単に速度の向上にとどまらず、将来のスマートフォン時代を定義するであろう全く新しいアプリケーションやサービス(例:ストリーミングコンテンツ、リッチなウェブブラウジング)を可能にしました。また、これは、ネットワーク事業者とハンドセットメーカーがこの新興モバイルインターネットエコシステムでの優位性を巡って競い合い、インフラとデバイスの革新に多大な投資を行うことになる、新たな競争環境の始まりを意味していました。

 

4.2. 電気通信政策に関する議論

 

2003年10月、連邦控訴裁判所は、移動衛星サービス(MSS)のライセンス付与に関する連邦通信委員会(FCC)の決定に対するモバイルフォン業界の統合要求を却下しました 7。これは、サービス拡大にとって不可欠な、スペクトル割り当てとライセンスに関するワイヤレス業界内の継続的な規制および法的紛争を示しています。

また、有力な議員は、農村部でのタワー展開のためにワイヤレスキャリアがユニバーサルサービス補助金を受け取るべきだと主張し、上院が「収入が急減するにつれてUSF(ユニバーサルサービス基金)をいじる」可能性を示唆しました 7。これは、未サービス地域への電気通信サービスの拡大と、そのような取り組みを支援するための財政メカニズムに関する政策議論を浮き彫りにしています。さらに、新しい法案は、ワイヤレス業界およびその他のビジネスセクターに対するより厳しい反トラスト法違反の罰則を提案しました 7。これは、ICTセクター内の市場集中と競争慣行に対する立法府の監視を示しています。国家電気通信情報局(NTIA)組織法の再承認(H.R. 2482)も提案され、基本歳出に関する第151条が改正されました 13。これは、電気通信政策および研究に対する政府の継続的な監督と資金配分を意味します。

これらの政策議論は、古い電気通信モデルのために設計された規制枠組みが、モバイル、インターネット、従来の通信サービス間の急速な融合に追いつくのに苦慮していたことを明らかにしています。例えば、ワイヤレスの農村部補助金への焦点は、従来のユニバーサルサービス原則を新しいモバイル技術に適用しようとする試みを示しています。反トラスト法案は、ますます統合され集中する産業における市場支配力への懸念を示唆しています。この時期は、動的に変化するICT環境において、イノベーション、競争、公共アクセスをバランスさせようとする、政策立案者にとっての適応段階を示しています。

 

5. サイバーセキュリティの状況

 

 

5.1. APECによるサイバーセキュリティ対策の強化

 

2003年10月、APEC加盟国は、増加するサイバー攻撃に対抗するため、国内のサイバー犯罪対策ユニットと国際的なハイテク支援連絡窓口を同年10月までに設置することに合意しました。また、政府や企業に助言を行うCERTコーディネーションセンターも設立されました。いくつかの開発途上国は、サイバーセキュリティ対策の強化に向けた支援を受けることになりました 9。この取り組みは、「インターネット攻撃の頻度、巧妙さ、規模が増加している」という懸念に起因しており、APECの自由貿易・投資目標が脅かされる危険性があるという認識に基づいています 9

このAPECの取り組みは、サイバーセキュリティが単なる技術的なIT問題ではなく、急速に戦略的な地政学的および経済的懸念へと昇格したことを示しています。国際協力と開発途上国における能力構築への重点は、サイバー脅威が国境を越えるものであり、世界の商業と安定を守るためには集団的な防御が必要であるという理解を示唆しています。この時期は、反応的なインシデント対応から、グローバル経済に対するサイバー脅威がもたらすシステム的なリスクを認識し、積極的かつ国際的に調整されたサイバーセキュリティ政策とインフラ開発へと移行したことを示しています。

 

5.2. 注目すべきハッキング事件と脆弱性

 

2003年には、ハクティビストグループ「Anonymous」が結成されました 14。これは、サイバーセキュリティとデジタルアクティビズムの分野における、重要ではあるが論争の的となる存在の起源を示しています。また、2003年10月には、英国当局が企業に対して「なりすまし(spoofing)」について警告を発しました 3。これは、サイバー攻撃の一般的な経路であるオンライン通信におけるなりすましに関する継続的な懸念を浮き彫りにしています。

この時期は、従来の金銭目的の犯罪者や国家支援型のアクターを超えたサイバー脅威の多様化を示しています。ハクティビズムの出現は、イデオロギー的な混乱という新たな側面を加え、なりすましのような基本的な、よく知られた脆弱性が依然として有効であることを示しています。これは、サイバーセキュリティ戦略が、様々な動機を持つ幅広い脅威アクターに対処するためにその範囲を広げ、一般的な攻撃ベクトルについてユーザーを継続的に教育する必要があることを示唆しており、脅威の状況が成熟しつつも、ますます複雑化していることを示しています。

 

6. 外部イベントが技術に与える影響

 

 

6.1. 2003年ハロウィーン太陽嵐:衛星、GPS、通信への影響

 

2003年10月下旬、史上最大級の太陽フレア(10月28日)を含む一連の巨大な太陽嵐が地球を襲いました。これにより、過去70年間で6番目に強い地磁気嵐が発生しました 6。これらの嵐は、世界中および宇宙の技術システムに広範な混乱を引き起こしました。

地球軌道上の宇宙機の半数以上が影響を受け、衛星テレビやラジオサービスが断続的に中断されました。日本の科学衛星は修復不能な損傷を受け、いくつかの深宇宙探査ミッションはセーフモードに入ったり、完全にシャットダウンしたりしました。国際宇宙ステーション(ISS)の宇宙飛行士は、高レベルの放射線から身を守るために退避しなければならず、これはミッション史上2度目の出来事でした 6

通信面では、北極上空を飛行する航空便で通信障害が発生し、運航が中断されました。南極の科学グループは5日以上にわたる完全な通信遮断に見舞われました。測量、深海・陸上掘削、その他の航空便で使用されるGPSシステムも影響を受けました 6

この出来事は、現代のICTインフラの脆弱性と相互接続性を鮮明に浮き彫りにし、自然な地球外現象に対するその感受性を露呈しました。これは、技術の進歩にもかかわらず、衛星ナビゲーション、グローバル通信、宇宙探査といった重要なシステムが宇宙天気の影響を受けやすいままであることを強調しました。これは、より大きなレジリエンス計画、宇宙天気予報、そして敏感な電子機器のより堅牢なシールドの必要性を示唆しており、サイバーセキュリティ以外のリスクが、技術に依存する世界に同様に壊滅的な影響を与える可能性があることを強調しています。

 

7. 日本におけるICTの主要な動向

 

 

7.1. NTTグループの革新とインフラ開発

 

2003年10月24日、NTT持株会社は、次世代フォトニックネットワークを実現するGMPLS(Generalized Multi-Protocol Label Switching)と高度なIPサービスを提供するMPLS(Multi-Protocol Label Switching)の相互接続に世界で初めて成功したと発表しました 15。これは、全国規模での高品質かつ高信頼な映像通信を可能にするための重要な一歩でした。さらに、2003年10月23日には、NTT持株会社が「21世紀知的社会基盤の実現に向けた広帯域ネットワーク共同実験」を発表し、映画1本を1秒で送受信できる世界最高速の43Gbit/s実験回線の運用を開始しました 15。これは、超高速ブロードバンドに対するNTTのコミットメントを示すものでした。

一方で、2003年10月31日、NTT東日本は、初期化が未実施のIP電話対応機器が誤って顧客に送付された件について謝罪し、対応を発表しました。これにより、誤ったインターネット接続やIP電話サービスの使用につながる可能性がありました 15。これは、IPベースの新しいサービスを大規模に管理・展開する上での課題を浮き彫りにしました。

これらの成果は、段階的な改善ではなく、ネットワークアーキテクチャにおける根本的なブレークスルーを意味します。NTTを通じて、日本はネットワーク速度とインテリジェンスの限界を積極的に押し広げ、将来のブロードバンドおよびIPサービスを定義する技術に投資していました。これは、高度な電気通信インフラにおける競争力を維持するという国家的な戦略的焦点を示しており、日本が既存の技術を採用するだけでなく、ネットワーク革新におけるグローバルリーダーとしての地位を確立していることを示唆しています。

 

7.2. ソフトバンクBBのブロードバンドサービス拡大(「Yahoo! BB」)

 

ソフトバンクBB株式会社は、2003年10月末に「Yahoo! BB」総合ブロードバンドサービス進捗レポートを発表しました 16。このレポートは、同社のブロードバンドサービスの成長と拡大を詳細に報告したもので、IP電話サービス「BBフォン」は2003年9月までに300万ユーザーを超えていました 16

さらに、ソフトバンクBBは、2003年10月27日に日本オラクルと協業し、ブロードバンドIPネットワークと「Oracle 10」を組み合わせた「ユーティリティコンピューティングサービス」を提供し、「次世代コンピューティング環境」を構築すると発表しました 16。また、2003年10月24日には、日本最大級のブロードバンド番組ガイドウェブサイト「Yahoo! BBブロードバンドガイド」を開設しました 16。ソフトバンクBBは、2004年1月に「BBフォンIPセントレックス」(仮称)の提供を開始する計画も発表しました。これは、約300万人の「BBフォン」ユーザー間の無料通話を提供し、企業の通信コストを大幅に削減するものでした 16

ソフトバンクBBの戦略は、単にインターネットアクセスを提供するだけでなく、ブロードバンドを中心とした包括的なエコシステムを構築することでした。IP電話の急速な成長とIPセントレックスの計画は、IP上での音声サービスの積極的なコモディティ化を示唆しており、従来の通信モデルに挑戦するものでした。コンテンツガイドやユーティリティコンピューティング事業は、コアとなるブロードバンド接続の上に付加価値サービスを重ねることを示しており、顧客のデジタルライフスタイルと企業ニーズをより多く取り込もうとしていました。これは、プロバイダーがバンドルサービスや統合ソリューションを通じて差別化を図ろうとする、競争の激しい日本市場を示唆しています。

 

7.3. NTTドコモのモバイルデバイスとサービス開発

 

2003年10月31日、NTTドコモは、コンパクトフラッシュカード型FOMA(3G)端末「P2402」の開発を発表しました。この端末は、PCとのビデオ通話を可能にし、高速パケット通信(下り最大384kbps)に対応していました 15。これは、この種のFOMA端末としては初の試みであり、PDAやPC向けに設計され、モバイルブロードバンドとコンピューティングデバイスの統合への取り組みを強調するものでした。

また、2003年10月27日には、NTTドコモとソニーがFeliCa事業に関する合弁会社の設立で基本合意に達しました。この提携は、「オープンなFeliCaプラットフォーム」を通じて新たなライフスタイルを提案することを目的としていました 15。FeliCaは、日本で広く利用されている非接触型スマートカード技術であり、特に決済や交通機関で活用されていました。この協業は、その応用範囲を拡大することを狙いとしていました。

これら2つの開発は、日本のモバイル技術融合における明確なリーダーシップを浮き彫りにしています。P2402 FOMAカードの開発は、モバイルブロードバンドがパーソナルコンピューティングの延長として見なされ始めた初期段階を示しており、統合型スマートフォンの先駆けとなりました。FeliCa事業の合弁会社設立は、決済や認証を中心に、非接触技術を日常生活に組み込むという戦略的な動きを示しており、世界のトレンドに先駆けていました。これは、通信キャリアとハードウェアメーカー間の強力な連携によって、モバイル技術が通信を超えてデジタルサービスや日常取引の中心的なプラットフォームへと急速に進化している、日本独自の市場を示唆しています。

 

7.4. 北九州市のIT拠点都市への変貌

 

2003年10月、福岡県北九州市は、鉄鋼需要の低迷への対応として、「eソーシング」を通じて新たな産業と雇用を創出することを目指し、一大IT拠点都市へと積極的に変貌を遂げつつありました 17。同市は、2002年7月に「北九州e-PORT構想」を策定し、2002年8月までに日本テレコム主導のインターネットデータセンター(IDC)を設立していました。その目標は、中小企業が低コストでITを導入できるよう支援し、IT関連産業を育成する「eソーシング」という新しいIT産業を創出することであり、「地域活性化モデル」として注目を集めていました 17

この事例は、伝統的な重工業に依存していた地域が、ICTインフラとサービスへの戦略的投資を通じて多様化を追求するという、より広範な経済トレンドを示しています。中小企業のIT導入支援を目的とした「eソーシング」モデルは、地域におけるデジタル変革を促進し、新たな雇用機会を創出することに焦点を当てていることを示唆しています。これは、ICTがそれ自体の一産業としてだけでなく、地域経済の活性化と知識ベース経済への移行を促進する触媒としての役割を強調しています。

 

7.5. 災害対策ICT研究(NICT)

 

2003年10月、情報通信研究機構(NICT)は、消防庁消防研究センターと共同で、マルチホップおよびアドホック機能を備えた無線LANアクセスポイントを用いた音声通信実験を実施しました 18。これらの機能は、損傷した建物内からの高速データ通信が可能な消防署用無線機、通信インフラが途絶した災害地域における移動局間の通信、および緊急本部での一時的なLANシステムでの使用に可能性を秘めていると特定されました 18

この取り組みは、災害対応と公共安全におけるICTの極めて重要な役割に対する国家的な戦略的認識を示しています。商業的な進歩とは異なり、この研究は、従来のインフラが機能しない状況下で通信とデータフローを維持するという緊急の必要性によって推進されています。これは、特に災害の多い国である日本において、経済成長を超えたICTの社会的価値を強調し、極限状況に対応できる堅牢で適応性の高い通信システムを構築するための積極的なアプローチを浮き彫りにしています。

 

7.6. 日本におけるドメイン名とインターネットサービスニュース

 

2003年10月には、日本のドメイン名関連で重要なニュースがいくつかありました。GMO「お名前.com」が、新たに開放された中国の「.cn」ドメインの登録を開始し、ファーストサーバが「.com」と「.net」ドメインの登録料金を国内最安値に値下げしました 3。これは、ドメイン登録市場における競争の激化と国際化を示唆しています。

また、ドメイン登録者の個人情報保護に関する議論も行われました 3。これは、インターネットコミュニティ内で高まるプライバシーへの懸念を反映しています。さらに、OCNのDNSが再び障害を起こし、100万人ものユーザーに影響を与えました 3。これは、インターネットインフラの安定性に関する継続的な課題を浮き彫りにしています。

表3:2003年10月における日本国内の主要ICTニュース

日付 企業/組織 イベント概要 関連情報源
10月3日 Python Software Foundation (PSF) Python 2.3.2リリース (グローバルニュースだが日本の技術シーンにも関連) 1
10月7日 ソフトバンクBB 「BBフォン」ユーザー数が300万人を突破 16
10月23日 NTT持株会社 世界最高速43Gbit/s実験回線の運用開始 15
10月24日 NTT持株会社 GMPLSとMPLSの相互接続に世界で初めて成功 15
10月24日 ソフトバンクBB 日本最大級のブロードバンド番組ガイドウェブサイト「Yahoo! BBブロードバンドガイド」開設 16
10月27日 NTTドコモ & ソニー FeliCa事業に関する合弁会社設立で基本合意 15
10月27日 ソフトバンクBB & 日本オラクル 「ユーティリティコンピューティングサービス」提供で協業 16
10月31日 NTTドコモ コンパクトフラッシュカード型FOMA「P2402」の開発を発表 15
10月31日 NTT東日本 「IP電話対応機器」の初期化未実施機器送付に関する謝罪と対応 15
10月全体 北九州市 鉄鋼業からITハブ都市への変革を推進 17
10月全体 情報通信研究機構(NICT) 災害対策ICTに関する研究実験を実施 18

これは、日本のインターネットエコシステムが急速な商業的拡大を遂げるとともに、規模と複雑性に関連する課題に直面していたことを示しています。ドメインサービスにおける競争は健全な市場を反映していますが、プライバシーに関する議論やDNS障害は、急速に拡大するデジタルインフラに内在する「成長痛」を明らかにしています。これは、普及が進む一方で、その基盤となる安定性とユーザー保護メカニズムがまだ発展途上にあり、継続的な注意が必要であることを示唆しています。

 

結論と展望

 

2003年10月は、ICT分野にとって非常にダイナミックで形成的な月であり、技術の進歩、戦略的な市場の変化、そして新たな政策課題が同時に発生しました。ブロードバンドと3Gの急速な導入は、モバイルインターネット時代の基盤を築き、ユーザーの行動を根本的に変化させ、新しいデジタル経済を可能にしました。マイクロソフトのような主要なソフトウェア企業は、成長するオープンソースとの競争に直面して戦略を適応させ、オープンソース運動自体も成熟度と企業での導入を拡大しました。VeriSign Site Finder論争のような重要な事件は、インターネットガバナンスと商業的革新と公共の利益のバランスを巡る継続的な議論を浮き彫りにしました。さらに、太陽嵐のような外部イベントは、技術に依存する世界の固有の脆弱性を強調し、レジリエンスに関する検討を促しました。特に日本は、次世代ネットワークインフラへの積極的な投資、革新的なモバイルソリューション(FeliCa)、およびITを通じた地域経済の多様化において際立っていました。

2003年10月に観察されたトレンドは、その後の20年間におけるICTの主要なテーマの多くを予見させるものでした。高速インターネットの普及、スマートフォンとモバイルファーストサービスの台頭、オープンソースソフトウェアの継続的な影響力、サイバーセキュリティの極めて重要な重要性、そしてインターネットガバナンスの継続的な進化です。デジタルデバイド、インフラのレジリエンス、イノベーションとユーザー保護のバランスといった、この時期に顕著であった課題は、今日に至るまで業界の軌跡を形成し続けています。この月は、デジタル変革を推進する力の縮図として機能し、私たちが現在暮らす相互接続されたデータ駆動型世界の舞台を設定したと言えるでしょう。