2019年9月6日~7日の日程で、第3回ヒト脳イメージング研究会が、玉川大学 University Concert Hallで開催されました。
研究室からは
- ワーキングメモリ負荷量の増大に伴う脳賦活レベル変化の非線形性 丹 真里奈(M1)
が発表しました。
学会参加報告書
報告者氏名 | 丹 真里奈 |
発表論文タイトル | ワーキングメモリ負荷量の増大に伴う脳賦活レベル変化の非線形性 |
発表論文英タイトル | Nonlinearity of brain activation level changes with increasing working memory load |
著者 | 丹真里奈,日和悟,廣安知之 |
主催 | ヒト脳イメージング研究会 |
講演会名 | 第3回ヒト脳イメージング研究会 |
会場 | 玉川大学 University Concert Hall 2016 他 |
開催日程 | 2019/09/06-2019/09/07 |
- 講演会の詳細
2019/9/6から2019/9/7にかけて,玉川大学にて開催されました第3回ヒト脳イメージング研究会に参加いたしました.この学会は,ヒト脳イメージング研究者が中心となり,若手からベテランまでが参加します.MRIやPET,MEGなどのイメージング手法を用いてヒトの脳の構造,機能,分子機構の解明を目指した研究者間の学術的交流,意見交換,若手人材育成の促進を目的としています.
本研究室からは私と日和先生が参加しました.
- 研究発表
- 発表概要
私は7日の13:30~14:30のポスターセッションで発表しました.発表の形式はポスター発表となっており,1時間にわたり,参加者の方と議論を行いました.
今回の発表は,「ワーキングメモリ負荷量の増大に伴う脳賦活レベル変化の非線形性」と題して発表しました.以下に抄録を記載致します.
背景:ワーキングメモリ(WM)は一時的に情報を保持し処理するシステムであり(1),読解力や推論,問題解決などの広範囲な認知機能に関与する.WM容量は個人差があり,認知機能に反映される.個人により異なるWM容量を把握するために,WM負荷の変化に依存した脳領域を特定し,その機能を解析することが重要である.WM負荷の増大に伴う脳活動の線形的増加が示されている(2)が,負荷の変化が脳活動に与える影響は等しいとは限らない.そのため,WM負荷の増大に伴う脳活動には非線形的増加が存在すると仮定し,各領域のWM負荷の増大に伴う脳活動の増加パターンの違いを抽出した. 方法:fMRI(Echelon Vega 1.5T,日立製作所)を用い,健常成人29名(年齢:22.4±0.17歳)のN-back課題時の脳活動を計測した.WM負荷の変化に依存した脳領域は,高い負荷において賦活することが予測される.よって,SPM12による賦活解析を行い,3-back課題時に賦活したボクセルの各WM負荷におけるT値を抽出した.one-way ANOVAにより得られた3群間の統計的有意性からその増加パターンを分析した. 結果:下頭頂小葉,上頭頂小葉,左上前頭回背側部,右中前頭回,右楔前部そして右上前頭回内側部において,WM負荷の増加に伴い脳活動が増加する傾向が見られた.右中前頭回の賦活レベルには行動成績(平均accuracyとReaction Time)との相関も見られた(accuracy: r=-0.66,RT: r=-0.21,p<.001, uncorrected).WM負荷の増加に伴う脳活動変化は,異なるWM負荷の間の賦活レベルの差から2パターンに分類された. 考察:上記の脳領域が記憶や注意に関連することやその脳活動と行動成績が相関を示したことから,WM負荷に伴う脳内の記憶・注意資源の消費の増大が示唆された.1-backから2-backにかけ賦活レベルが有意に増加し,2-backから3-backにかけて飽和する(有意な差がない)脳領域の抽出は,WM負荷に依存した非線形的な脳活動変化の存在を示した. 結論:WM負荷の増加に依存した脳領域の中で2パターンの脳活動変化の存在が明らかとなった.本研究により抽出した領域における脳機能の解明は,WMメカニズムと高次認知機能の解明に貢献する. |
- 質疑応答
今回の講演発表では,以下のような質疑を受けました.
・質問内容1
質問は「performanceと賦活レベルの図をどう見たらよいか.」というものでした.この質問に対して私は,「accuracyが高い,RTが低いときが良いperformanceとする.Performanceが高いときに脳活動が増加する領域を示している.」と回答しました.また,「音韻処理を排除しているのが凝っていて面白い.呈示画像を鏡餅にしても音で覚えるため,音の排除は難しいのかもしれない.」と言っていただきました.質問者は京都大学特定研究員の奥畑志帆さんでした.
・質問内容2
質問は「1,2-backで賦活レベルが一番高くなる人はいるのか.」というものでした.この質問に対して私は,「いる.各個人のperformanceなどの違いを見ようとしている.」と回答しました.質問者は理化学研究所の佐々木章宏さんでした.
・質問内容3
質問は「各個人のIQや方略,performanceなどと増加パターンを対応させてみると,どんな情報が分かるのか.」というものでした.この質問に対して私は,「これからその違いを見ようとしている.」と回答しました.質問者の氏名は控え損ねてしまいました.
・質問内容4
質問は「増加パターンの非線形性になる要因は何か.」というものでした.この質問に対して私は,「2,3-backの各個人にかかる負荷量の違いにより,ばらつきが大きいことが挙げられる.その要因の一つとして方略の違いも考えられる.」と回答しました.質問者の氏名は控え損ねてしまいました.
・質問内容5
質問は「N-back課題とは何か.」というものでした.この質問に対して私は,「負荷量を変化させることができる課題です.ある一定期間文字を呈示させて,1-backだと今呈示している文字と1つ前の文字が同じかどうかを判断するものです.2-backだと2個前,3-backだと3個前と同じかを判断してもらう課題です.」と回答しました.質問者は弁理士の方で,氏名は控え損ねてしまいました.
・質問内容6
質問は「確率的にずっと同じボタンを押す人がいるのでは.」というものでした.この質問に対して私は,「いなかった.」と回答しました.質問者は弁理士の方で,氏名は控え損ねてしまいました.
- 感想
ポスター発表では,専門家の様々な意見をいただくことができ,これから自分がしなければならない分析はまだまだあることを実感しました.私と近い内容の脳研究をされている研究者の意見を聞くことができ,参加して良かったと思いました.以前よりも,聞いている人が分かるようなポスターを準備することができたのではないかと思います.
また,meet the expertにて専門家のお話を聞くことができ,scientistとして大切な「書く」「実験する」「共有する」ということ,論文を書く際に重要な4つのこと(「クリアに」「新しいか」「正しいか」「意義」)を教えて頂きました.研究が楽しいと思える考えや研究所と大学で働く違い,自分の研究テーマについても,ご意見をいただき,自分の今後の研究計画や進路を考える上で,重要な学会となりました.
- 聴講
今回の学会で聴講した発表のうち,下記3件を報告いたします.
発表タイトル : Two dominant brain states reflect optimal and suboptimal attention 発表者 : 山下歩 セッション名 : 奨励賞候補口演 概要 : Introduction: Attention is not constant but fluctuates from moment to moment. A wealth of previous studies dichotomized these fluctuations into optimal and suboptimal states based on performance and investigated the difference in brain activity between these states. Such an approach could provide evidence for two (optimal and suboptimal) or more brain states that impact attention. However, this provides no guarantee that there are only two attentional states. In addition, although previous studies show relationships between sustained attention ability and brain networks, the functional mechanism linking brain network to brain activity related to attention remain elusive. Here, we demonstrate a systematic relationship between dynamic brain activity patterns and behavioral underpinnings of sustained attention by explaining behavior from observed brain states, and largely confirm previous findings using behaviorally defined states. Method: In our experiment, we analyzed functional magnetic resonance imaging (fMRI) data in which 16 subjects performed gradual onset continuous performance task (gradCPT) a well-validated test of sustained attention, previously used to define attentional states defined by reaction time variability fluctuations over time. We estimated the energy landscape of brain activity constrained by brain network without knowledge of behavior. We then investigated the number and frequency of energetically stable brain states as well whether there were any systematic relationships between the observed states and behavioral performances. Results & Discussion: We found that a default mode network (DMN) state and a dorsal attention network (DAN) state were the two dominant states and behavioral performance was significantly better during the DMN state than the DAN state (Figure). That is, DMN state was a behaviorally optimal attentional state and DAN state was a suboptimal state, akin to the results when states were defined behaviorally. Conclusion: Our study provides evidence of behaviorally optimal and suboptimal attentional states based on brain activity. We also revealed functional mechanism of how brain networks contribute to sustained attention. |
本発表では,課題として注意状態が2つとは限らないこと,そして脳内ネットワーク・脳活動・行動が統合的に説明されていないことを挙げており,とても関心を惹く内容でした.結果として,DMN状態のほうがDAN状態よりも行動performanceが優れているという意外な結果を示していました.これまでの自分の見解と違ったため,とてもおもしろいと感じました.
発表タイトル : データ駆動で,かつ再現できる,因果的なヒトイメージング 発表者 : 川人光男 セッション名 : 特別講演 概要 : ヒトイメージング研究,脳科学,神経科学に限らず生物・医学分野全体で,論文の再現性の低さが重大な問題になっています.Nature,Scienceなどの高インパクト雑誌で出版された論文の8割は再現できないと言われています.私たちは,安静時脳機能結合に基づいた精神疾患や発達障害の脳回路マーカを開発してきましたが,この分野ですでに出版されている百本くらいの論文の脳回路マーカの中で,複数の他施設(完全独立大コホート)に汎化する,つまり再現できる研究は片手で数えられるくらいです.このような困難な事態に陥ったのは,疾患の脳回路への効果より,施設の違いのほうが大きいからと,機械学習を使って各施設特有の雑音にオーバーフィットさせていることが主な原因です.この問題を解決するハーモナイゼーション法と,それを用いた独立データに汎化する脳回路マーカを紹介します.このような手法に基づいて疾患の定量的モデルができると,実時間fMRIニューロフィードバックで,薬物療法とは全く異なる疾患治療ができる可能性が広がります.このような試みも紹介します. 因果的なシステム神経科学は,オプトジェネティクスやケモジェネティクス研究が大流行ですが,ヒトへの適用は限定的です.マルチボクセルパターンを機械学習で解読するデコーディング手法と実時間fMRIニューロフィードバックを組み合わせたデコーディッドニューロフィードバックは,汎用性の高い,ヒトで使える因果的な方法です.これと深い関係にある機能結合ニューロフィードバックについても紹介します. |
本講演は, ニューロイメージング研究をするうえでとても考える必要のある内容でした.再現性,汎化性が必要とされる中,施設間差を大規模DBや統一プロトコル,ハーモナイゼーションで克服して初めて,精神医学への応用可能性があると知りました.また,因果的なシステム神経科学で流行しているといわれるoptogeneticsという技術は,遺伝子導入により光応答タンパクを発現させるもので,とても興味が湧きました.
発表タイトル : 計算モデルに基づく社会脳科学とビッグデータ 発表者 : 春野雅彦 セッション名 : シンポジウム1 概要 : ヒトに顕著に見られる社会行動を対象とする社会脳科学の研究が盛んになり既に20年ほどになる.その間に計算モデルの精緻化が進むとともに操作的手法の発展により脳活動と行動の因果関係を示す研究も可能となっている. また,インターネットの爆発的な普及に伴いタスクの行動ビッグデータをオンラインで収集することや,SNS上の行動など実社会行動データを収集して脳機能イメージングと対応付けることも可能となりつつある. 本講演ではこのような研究の例を我々の研究を含め紹介したい. |
本講演は,社会脳に注目するうえで,実験室外での行動データやSNSデータを収集し,より現実世界の行動と対応させるという方法はおもしろいと思いました.また,罪悪感や不平等に相関する領域の特定や,社会特性の男女差など,あまり知らない内容だったので興味が湧きました.今までの脳科学とは違った観点で,脳活動やSNSデータから個人の社会特性を予測する手法の確立は,重要だと感じました.
参考文献
- 定藤研究室|生理学研究所
, http://www.nips.ac.jp/fmritms/kenkyukai/information/2019/04/20190906-07.html